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2008年02月 アーカイブ

2008年02月15日

青梅街道

めっさ長いですよね!

青梅街道(おうめかいどう)は、東京都新宿区から東京都青梅市を経由し、山梨県甲府市に至る街道である。

起点:新宿大ガード西交差点:東京都新宿区
終点:山崎交差点(甲州街道交点):山梨県甲府市
なお歴史的には、青梅街道の起点は現在の新宿三丁目交差点付近であり、この地点は甲州街道との分岐点であったことから「新宿追分(しんじゅくおいわけ)」と呼ばれていた。

1603年(慶長8年)、江戸城築城のために、青梅の成木村で採れる石灰を運搬する道路として、大久保長安の指揮の下に整備された。当時の名称は成木街道であった。しかし、江戸時代中頃には絵図や紀行文などに「青梅街道」の記述が見られる。

内藤新宿で甲州街道から分かれ、青梅、大菩薩峠を経由し、甲府の東にある酒折村(現:甲府市酒折)で甲州街道と再び合流する。このため、「甲州裏街道」とも呼ばれた。道程で甲州街道より二里短く関所が無いため、庶民の旅客にも多く利用された。但し、塩山近くに萩原口留番所があり小規模な関所が実質存在した。番所の跡と近くに番所の門を復元した温泉保養施設(大菩薩の湯)がある。また、大菩薩峠登山口バス停にある番屋茶屋はもともと萩原口留番所近くの茶屋だったことから由来し、バス路線開設で現在地に移転したものである。

1869年(明治2年)、新宿と田無間に乗合馬車が開通。青梅街道は多摩地区と都心を繋ぐ生活道路としても定着していく。1878年(明治11年)には、最大の難所であった大菩薩峠を迂回するルートとして柳沢峠が開削され、大菩薩峠を通るルートから変更された。1921年(大正10年)には、新宿・荻窪間に路面電車(西武軌道)も開通。この電車は後に都電杉並線(都電14系統)となったが、青梅街道の地下に営団地下鉄荻窪線(現:東京地下鉄丸ノ内線)が1962年1月23日に荻窪駅まで開通したことに伴い1963年(昭和38年)に廃止された。

1962年4月25日、東京都通称道路名設定広告。整理番号17。
(以上、ウィキペディアより引用)

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